突発性難聴でガンが見つかる

             

さてさて、やっとガンが見つかるところまで来ました。

突発性難聴でガンが見つかる。

 

私がかかったのは産後1年にかかりやすく、治りやすい難聴。

これがかなりひどくて簡単には治らなかったのです涙

 

耳の異変に気付いたのは、3年前の6月下旬(娘1歳1ヶ月)

息子の保育園のプール出しの日でした。

プール出しに行っていた主人

仲良し家族6家族くらいでBBQをする約束をして帰りました。

毎月みんなで集まっていたのでいつものように集合。

 

みんなで楽しくわいわいやっていると頭が痛くなる。

次第にガンガンし始め、左耳がキーンと高い耳鳴りが鳴り続ける。

てっきり、

ちょっと酎ハイを飲んだからかな~と思っていました。

 

雰囲気を悪くしてはいけないと思い

頭痛も我慢したのも良くなかった。

 

我慢出来るような頭痛ではなくなりはじめ、

誰が話して、いつ話が終わったのか、

わからなくなりました。

そのくらい左耳のキーンはひどく

右耳を向けないと聞こえなかったのです。

だから話の途中で割って入るのもしばしば。

 

宴は夜遅く終了し、

家に帰った時は頭がガンガン、左耳はキーンと耳鳴り。

想像が出来ないと思いますが、

ずっとキーンと耳鳴りが鳴り続ける。

一睡も出来ませんでした。

 

次の日、頭痛は少し治まり、

耳鳴りもキーンではなくピーーーに代わっていた。

そして娘や息子の声は聞こえる。

 

治ったかなと思いました。

 

しかし、

違和感を感じたのはトイレ、

いつもなら、トイレに座ると「ウィーン」

換気の音が聞こえるはず。

それがどうも左耳では聞こえにくい。

 

息子の送り迎え、

電動自転車のモーター音が聞こえにくい。

 

洗濯機の回る音が聞こえにくい。

レンジの完了音が聞こえない。

 

なんかおかしいな~と思うけど、

人間って両耳で聞きますよね。

右耳では全部聞こえるので気づかないんです。

 

さらに違和感、

子供とは会話が出来るけど旦那の声が聞き取りにくい

何度も「え?」「え?」となりました。

 

でもまだなんとか会話も出来るし

難聴なんてまったく気づかなかったんです。

 

それが二日続いた日、母から電話が来ました。

『もしもし~』何も聞こえないあせあせ (飛び散る汗)

一旦切る。

 

再び電話『もしもし~』何も聞こえないあせあせ (飛び散る汗)

右耳に替えてみるとはっきり聞こえる。

左耳、右耳と繰り返す。

ここでやっと、左耳がまったく聞こえないことに気づいたのです。

大変だあせあせ (飛び散る汗)あせあせ (飛び散る汗)

大変なことになっているあせあせ (飛び散る汗)あせあせ (飛び散る汗)

 

耳鳴りも

左耳のすぐ横でヘリコプターが飛んでいるような

ものすごく大きな耳鳴りにかわっていました。

 

その日主人に伝えました。

病院に行きたいから休んで連れて行って欲しい

娘もみててほしいと。

 

激しい耳鳴りと頭痛がひどく

電車に乗るのもやっとだったのです。

今週は無理だから来週休むわと言いました。

でも待っていられないのです。

ネットで検索すると、

耳鳴りから3日過ぎるとダメと書いてある。

 

次の日(初めての耳鳴りから5日目)

娘を抱っこして病院に行きました。

 

電車が来る音も聞こえない、

人が歩く音も聞こえない

歩くのもこわかったです。

 

無事病院に着き、

聴力検査が始まると

娘はちゃんと眠ってくれました。

 

まずは聞こえる右耳から。

ピーピー音、ボーボー音はちゃんと聞こえました。

 

次左、いっこうに聞こえません。

そして耳がジーンと痛くなる。

まったく聞こえないので強くしているのか

鼓膜が痛くなるだけ。

最後のキーンと言う音だけ聞こえました。

 

そして骨伝導の検査、

後頭部とおでこにヘッドフォンをされる。

 

不思議なことにこれなら音が聞き取れました。

結果、ちょっと手遅れ気味の難聴。

骨伝導でしか聞き取れないということはかなり深刻。

 

大きな耳鳴りが始まって

3日以内が薬1週間ですんなり治るレベルだそうです。

私は5日経っていたので会話出来るレベルではなく、

スピーカーでならやっと聞こえるくらいなんだとか。

 

これは治る見込みが低いと言われました。

 

とりあえず、3日分薬が出る。

3日後再診。

そしていきなり言われたこと

『今日から授乳はやめて下さい』

薬が強すぎるので母乳に影響が出るらしい。

急に悲しくなりました。

娘はまだ1歳、まだあげたいのに。

 

▶これでダメなら薬を強くする

▶それでダメなら入院

 

薬局で聞いてみました。

みんなしばらく通ったら治ってるみたいですよと。

みんなだいたい1回目以降通われませんよ。

ちょっと安心しました。

 

まだ1歳になったばかりの娘、

1歳半くらいで断乳しようと思っていました。

それは息子の時に母乳が出なかったから。

娘は母乳で育てたかった。

 

***

息子が生まれた日『生まれたよ』の電話をしたら父が出ました。

ろれつが回らない父、ふっと、脳梗塞だと思いました。

私は何も知らなかったのです。

『お父さん大丈夫?』と聞くと『大丈夫』と言いましたが

全然大丈夫じゃない。

 

あとで母から電話が来て、泣いて確認しました。

私が妊婦だったから心配させたくなくて黙っていたんだと言いました。

始めは母も脳梗塞だと思い病院を転々としたんだとか、

数ケ所病院を回らされ、診断されたのが難病のALSだったのです。

 

運動神経が衰える病気

父は喉、舌から発症したので急にろれつが回らなくなったそうです。

それを知ってショックで泣きました。

もう治らないって。

 

それもあって、

産後、おっぱいははってはって痛いのにまったく母乳が出ず

結果、息子はすぐにミルクになりました。

なので娘には出来ればずっと母乳をあげたかったのです。

娘は生後1ヶ月で髄膜炎になり入院、

それからも色々あって母乳をあげられる期間が少なかったのです。

 

難聴がわかり、断乳と言われ、

その日のお昼にたっぷりと最後の授乳をし、

一緒に沿い乳でお昼寝しました。

夜からはあげられない、沿い乳も出来ないと思うと涙がぽろり。

娘、ごめんね。でした。

 

その日からきついきつい薬生活が始まる。

きつすぎるから全然寝れなくなるらしく、

お昼寝して下さいと言われる。

 

夜は沿い乳が出来ないので娘が泣く泣く、

おっぱいを探して叩く叩く。

娘の心のよりどころを奪ったようでした。

ほんとにかわいそうでした。

1週間の我慢だと思い、

毎晩搾乳して母乳が出るようにしていたけど

耳は治らず、大学病院を紹介されました。

 

一刻も早く点滴治療に替えなければ聴力を失うと言われました。

そして点滴はステロイドなのでもう授乳はダメだと言われました。

ガーンあせあせ (飛び散る汗)もう泣いた泣いた。

 

そしておっぱいもはらなくなった。

悲しいかな、私の突然の断乳でした。

 

神様、なぜ私なのですか。

 

そして紹介状を持って大学病院へ

また娘を抱っこして電車を乗り換え行きました。

問診のあと診察、

  • 1週間毎日点滴に通うか
  • 入院するかを迫られました。

娘の入院の時に家族がバラバラになり

息子もかわいそうだったので入院は避けたかった。

 

でも点滴は毎日2~3時間、

危ないので娘がいてはダメだと言われる。

 

先生は女医さんでした。

『突発性難聴は産後1年のママに多い病気、

あなたが疲れ切っているから、

まず子供と離れてゆっくりしないと治るものも治らないよ!

点滴に通っていては結局しんどいだけ、

入院した方がいいです!』

と言われました。

 

女性目線で話してくれるので有り難かったです。

 

それでも迷う私、

いつまで迷えるか聞くと

『耳は1日でも早いに越したことはない、

家族と相談するとしても明日までです』

と言われ、

観念したかのように入院を決意しました。

 

一応、突発性難聴が薬で治らない場合

をネットで調べておいたので

もしかしたら入院になるかもと主人にも伝えておきました。

 

そして、たまたまなのですが、甲状腺の専門の先生だった。

喉を触られ、

『ちょっと甲状腺も調べた方がいいでしょう』と言われました。

これが奇跡の診断だったのです。

 

ちょうど1歳の時に娘がお熱で入院

いっきに疲れが出て私が突発性難聴になる。

それが治らず入院になり、甲状腺ガンが見つかる。

すべて最悪な事態なのにここでガンが見つかるという

強運を持っていたのでした。

 

入院することを決断する、

パッパといろんな準備をしてくれました。

心電図と血液検査をして帰るように言われ段取りして頂き、

入院の説明も聞いて帰るように言われる。

 

そして、その先生の驚きの発言に救われる。

 

私『娘がいるけど検査大丈夫ですか?』

 

先生『血液検査はすぐだから看護師がなんとかしてくれるよ

心電図はちょっと時間がかかるから離れないとダメだね。

でもそんなことあなたは心配しなくていいの、

あなたが一番大変なんだから!

その辺で喋っている事務員を連れて来て面倒見させたっていいんだから

どうとでもなるから!

そんなとこ心配しなくていいよ。今は人の手を借りなさい!』

ものすごい発言をしたのでした。

(一生懸命働いている事務員さんに怒られそう、すみません)

 

でも私の心のモヤモヤ、迷いがスーッとしました。

 

よし、色んな人に助けてもらって

絶対に病気を治すぞexclamation

と心に決めました。

 

その日からそれはそれは忙しい日が続きました。

 

また長くなりました。

いつも最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

 

突発性難聴で入院編、ガンについてはまた次回に。

 

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Comments

  • 三日以内、投薬一週間で治る早期だったら、入院しなくて済んだし「がんの発見」にはならなかったかもですね。そう考えると、5日目に病院へ行ったのも神様のお導き?レベルの選択ですよね。
    耳が聞こえないというだけでも、不安だったでしょうし、小さな子供たちをかかえ心中は何とも言い難いものだったと思います。
    「今は人の手を借りなさい」そう言って背中を押してもらえてよかったです。
    お母さんってつい自分のことは後回しにしてしまうけれど、病気の時は「命優先」と思うことが大切ですね…

    • エミさんへ

      こちらもコメントありがとうございます!
      ほんとです、耳の異変に気づいてすぐ対処していたら今頃私はどうなっていたのだか。
      やっぱり、娘のお陰のように思います。
      ついつい自分のことは後回しですが、女性特有の病気もたくさんあるし、気を付けないといけませんね。

  • 病気が見つかって本当にラッキーだったんですよ。
    すごいと思います。そしてお父様もALS。。。本当に大変ですね。
    私もこの病気については詳しくは知らなかったけど去年だったか。。ドラマをやっていましたよね。それで知りました。切ないですね。。。ご看病も大変だと思います。

    ご存知の通りうちの父も先日心臓の手術をしました。
    血管が7か所詰まっていたので。それを発見したのも本当にちょっとした発作。
    背中がグーンと痛くなる。それも数秒。
    それで母が見抜いて助かったわけです。
    普通はこの発作、すぐ治まるしそれで見過ごしてしまうパターンがほとんどらしいです。
    これも・・・運命なんでしょうかね。

    • ナナソラママさんへ

      ALSのドラマ、私も見てました。
      父と重なるところがたくさんあって、いつも涙なしには見れなかったです。
      あれで若い俳優が演じたことでこの病気のこともまた少し広まったようです。
      難病ってたくさんあって知らないことだらけですもんね。

      ナナソラママさんのお父様も大変でしたね。
      でもそんな数秒のことを気づいたお母様がすごい。
      ほんと、早くてよかったですね。運命ですね。

  • おはようございます。

    大変なことを経験されたのですね。
    私も突発性難聴経験者です。
    長女出産後3ヶ月目でしたが
    やはり母乳があげられなくなって辛い思いをしました。
    最初に行った耳鼻科では「薬は出すけど治りません」と言われ
    泣きながら母に電話したら知人に詳しい人がいて本を借りてきてくれて
    その中に紹介されていた一番近い病院に行き(それでも高速のって1時間ほどでした)
    治療し完治しました。
    その後次女の時も産後3週間で発症し近くの総合病院に毎日点滴に通い
    そのときも完治しました。
    治療が早かったのが幸いしたのだと思います。
    nananさんはその後いかがですか?
    子供が生まれて間もなかかったこと、
    このまま娘の声をはっきり聞けなくなるのかと途方に暮れました。
    nananさんは心強い先生に出会えて良かったですね。
    耳鳴りくらいで、と放置している人も多いと聞きます。
    nananさんの告白で治療の後押しになる方もみえると思いますよ。

    私の母も甲状腺で(がんではありませんが)2度の手術をしているので
    私も他人事ではありません。
    今の平凡な幸せがとてもありがたいと言うことを
    思い出させていただきました(*^_^*)

    • @うさこさんへ

      それは大変でしたね、そう一度なると繰り返すそうです。
      産後ママに多いそうです、みんな無理せずに、すぐに病院に行って!と言ってあげたいです。
      耳の病気はわかってもらいにくいので大変だと主治医の先生も言ってました。
      でも@うさこさんも完治されたとのことでよかったですね。

      私はあれからご存じだと思いますが、まずいまずいイソバイドを毎日飲み続け
      4ヶ月後に回復しました。長い長い日々でした。
      それまでは騒音のような耳鳴りが続き、頭痛も続き大変でした。
      今でも疲れると耳鳴りがするので、あ、お昼寝しようの合図になっています(笑)

      甲状腺も女性に多い病気らしいです。お母様も大変でしたね。
      今は元気にされていますか?

      耳のことも、甲状腺のことも、他に辛い思いをされた方も、
      たくさんいらっしゃると思います。過ぎてしまえば辛かった記憶も薄れますが
      やっぱり、その時のことがあったから今幸せだと実感できるんだと思います。
      元気でいられることが有り難いですね。

  • nananさん~~
    もう~号泣です~(T-T)
    壮絶だったんですね
    やさしく的確な先生でよかった

    断乳って・・本当に最初に母と子で克服するものですよね。。
    母はいろんな意味で痛い。
    子どもは、突然飲めなくなって・・あきらめるまで泣く・泣く~~
    そうですか・・そんな形で・・・涙

    おばあちゃんになって、孫を預かったりしたら
    出なくてもまた活躍するから。笑

    • sakoさんへ

      号泣させてごめんなさい~。
      sakoさん優しいから~。

      断乳って、ほんとにいろんな想いを断つんですね。
      辛かったです。
      でもあの突然の断乳で私も娘も強くなりました。
      最初は泣いて泣いて大変で私も辛かったですが、そのうち10分泣いたら寝るようになりました。
      あの特訓がなければ、義母に預けても寝れず、きっと義母も大変だったと思います。

      sakoさんはほんとに、優しいおばあちゃまですね。
      私も将来、優しいおばあちゃまになります。

  • nananさん、あれもこれも
    とっても大変なことが次々に起きて
    本当に大変だったのですね・・・

    先日安易に(いや、安易なつもりはなかったのですが)
    自分と重ねてしまったことを反省してます・・・ごめんなさい。
    元気になってこられたからこそ書かれているのだとは思いますが
    きっとくらべものにならないほどのご苦労があったのだと思います。

    これからの「続き記事」も拝見させてくださいね。

    • ゆうひさんへ

      そうなんです。
      耳が聞こえないだけでも壮絶でしたが、あれはまだ序章にすぎなかったのです。
      ミステリー事件のようですが(笑)
      あれは7月の出来事なので、まだまだ5月まで私の壮絶は続いたのです。
      『つづく』は多いと思いますが、待っていて下さいね。

      安易にだんなて全然思っていませんよ。
      私もすぐ人の気持ちに入りこんで勝手に涙を流してしまいます。

      苦労と言うものは人とは比べられませんものね。
      その時苦労したのは事実なのでみんなそれぞれに心の中に残っていると思います。
      私みたいに書ける人と書けない人の違いもあるし、書いていいのかはまだわかりませんが
      みんな病気がわかった時はたくさん検索されますが、その後が書かれていないんです。
      傷痕はどうなるのか、普通に生活できるのか・・・
      あんなことがあったけど今元気で毎日楽しいよってことを残せたらいいな~と思っています。
      不愉快に思われる方もいらっしゃると思うし、非難の言葉が残されないかいつもドキドキです。

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